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メビウスの帯(輪)を二つに切ったらどうなる?

メビウスの帯(輪)は知っている方も多いと思います。

細長い紙を用意して片方の端を半回転してノリで付けると裏表があった紙が区別がなくなり両面を行き来できる、というものです。

メビウスの帯(輪)を作ってみる

突然ですが作って見ることにしましょう!

メビウスの帯 メビウスの輪

そう、こんな具合です。

メビウスの帯 メビウスの輪

マジックで帯に沿って線を引いていくと、いつの間にかまた元の場所に戻ってきて一周してしまいます。

ごくごく単純で、な~んだと思ってしまいますよね。

いやいやこの簡単なメビウスの帯に深い意味が込められているのでもう少しお付き合いください。

私たちが暮らす空間はメビウスの帯のよう

例えば昼と夜。

いつの間にか夜が明け太陽の恩恵を受けまた夜がくる。

昼が表だと思っている人もいれば夜が活動の中心だという人もいる。

表も裏もなく連続的につながっているのがこの世、です。

下の写真でライン(汚くてすいません)をいれたように私たちの生活は循環しています。

メビウスの帯 メビウスの輪

メビウスの帯を二つに裁断してみよう

この裏も表もない、メビウスの帯にハサミを入れて切って見ようと思います。

二つに切ると、どうなると思います?

  1. 別々の二つの輪ができる
  2. 2倍の大きさの一つの輪ができる

メビウスの帯 メビウスの輪

さあ、正解は1でしょうか?それとも2か?

どんどん切り進めていきます。

メビウスの帯 メビウスの輪

正解は

2、です。

ちょっと絡まっていますが大きな輪ができました。

メビウスの帯

面白いのは、これからです。

ハサミで切る前のメビウスの帯はツツーと線を引くと両面をとおり元の地点に戻ってました。

ハサミで二つに分割したメビウスの帯(輪)も念のため同じ作業をしてみましょう。

メビウスの帯 メビウスの輪

距離が長くなったので書くのがちょっと大変です。

メビウスの帯 メビウスの輪

はい、引き終わりました。

ちょっと見にくいですが、引いた線をよく見て下さい。

先程は両面をとおった線が二つに分割すると今度は片面だけで元の位置に戻ってきてしまいます。

さっきは裏、表の行き来ができたのに、今度はできなくなってしまったのです。

裏も表もなかったメビウスの帯が裏面と表面に分離してしまいました。

不思議です。

(皆さんも試してみてください)

メビウスの帯 メビウスの輪

古代の人の思考はメビウスの帯そのもの

この現象は「人間社会の進歩」を表したモデルだと人類学者・思想家の中沢新一氏はいっています。

死者の世界と生者の世界を紙の裏表と考えてみましょう。

古代の人々はメビウスの帯のように死者の世界と生者の世界を一体と捉えていました。

最初のメビウスの帯でたどったように表から裏面に移りまた表に戻ってきてしまいます。

死を迎えてもそのエネルギーは再び何処かで生を受けそのエネルギーは循環するという考えです。

生まれ変わり、輪廻転生です。

自然と人間の関係もメビウスの帯だった

「自然と人間」でもこの関係は成り立ちます。

人間は自然の中の一部である。

自然から恩恵を受けることもあれば災害を受けることもある。

プラスもあればマイナスもある。

これをメビウスの帯のように普通の循環として受け入れていました。

現代は切り離されたメビウスの帯

産業革命以降、心のメビウスの帯は徐々にに切り裂かれてきてしまいました。

私がハサミを入れたようなメビウスの帯が現代の人間の心の状態なのです。

つまり、表と裏が別々で双方を行き来できな状態なっています。

生と死は別々になっしまっています。

死はただ恐い存在だけであり、生と共に循環しているなどという考えは遠いもの、となっています。

自然と人間(人工)についても切り離された遠い存在です。

洪水を例にとれば、かつては被害も出たが肥沃なドロを運んできてくれる、恩恵も受けていました。

今では洪水は災害でしかありません。

誰かの責任を追及しなければ納まりません。

メビウスの帯の裁断は自然現象です。

私たちの脳も自然からできているのです。

そこには何かよくわからないですけど関連性がありそうです。

このブログのテーマはメビウスの帯

このブログは雑多の記事ばかりでテーマ性が感じられないかもしれません。

ひそかに目指しているテーマは自然と人間、人間と心、心と再度自然というメビウスの帯のような循環です。

これからも、くだらないことを書いたり難しいことを書いたりしますがお付き合いいただければ幸せです。

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