五年前に亡くなった義理の父は、無類の映画好きでした。
父が長年大切に集めていた映画雑誌『映画の友』があり、押し入れの奥にしまわれたままになっていることが、以前から気になっていました。
今回は、その整理をすることにしました。

古い雑誌はゴミになる運命なのか?
古い本や雑誌は、ただの汚れた紙の束で、価値を失ったゴミだと考える人もいます。
一方で、時代を越えてなお魅力を放ち、
今も昔も変わらず「素敵なもの」として扱われる存在だと考える人もいます。

古いものを素敵なものにしたい、という欲求がある私は額に入れて飾ってみることにしました。
表紙を描いたのはイラストレーター・野口久光氏
描いたのは、映画・ジャズ評論家でありイラストレーターでもあった野口久光氏。
オードリー・ヘプバーンを描いたその表紙からは、
七十年を経た今でも、氏の技量とセンスがはっきりと伝わってきます。

ゴミと宝の分岐点はどこにあるのか?
古い物が「宝」になるか、「ゴミ」になるかは、実は紙一重です。
ほんの少し立ち止まるか。
何も感じずに通り過ぎるか。
そのわずかな差が、宝とゴミの分岐点です。
自分流 捨てられそうな物のから価値を見出すポイント
では、価値を見出すポイントはどこにあるのでしょうか。
私なりに考えてみました。
作り手の感情や気合を感じ取れるか
まず、作り手の感情や気合のようなものを感じ取れるかどうか。
今回の場合、野口久光氏の卓越した感覚と技巧が、
こちらに向かって静かに訴えかけてくるように感じられました。
時間を経ても魅力が失われていないか
次に、時間を経てもなお魅力を保っているか。
「時間を超えるのが芸術」と言われることがありますが、
七十年前の表紙を見ても、古びるどころか、
今なお新鮮に感じられる点は見逃せません。
被写体そのものに力があるか
さらに、被写体そのものの魅力。
オードリー・ヘプバーンは、大スターですから求めている人もたくさんいます。
多くの人がその魅力を共有できるという点も、
価値を支える大きな要素だと思います。
そして、少しの自己満足
そして最後に、少し個人的な要素ですが、自己満足。
捨てられてしまいそうなものの中から価値を見つけ出し、
「これは残すに値する」と思えること。
「自分、なかなかやるな!」という感覚です。
けれど、こうした感情がなければ、
そもそも立ち止まって眺めることすらしない。
価値は、そういうところからしか見えてこない気がします。
額装の工程を簡単に紹介します
奥行きのある額(Box frame)を用意し、
スチレンボードで余白を作って雑誌を収めました。
細かな工程は写真をご覧ください。


雑誌を収めた状態がこちらです。

【余談】『映画の友』1954年5月号より
余談ですが、『映画の友』1954年5月号の中には、
オードリー・ヘプバーンの写真も掲載されていました。
往年の大スターに、あれこれ説明は必要ありませんね。

『ローマの休日』の宣伝用チラシも、当時はイラストでした。

結び
押し入れの片づけが始まった時点では、
この雑誌は、ゴミになるかもしれない存在でした。
手に取って、
少し眺めて、
”悪くないな”
この感覚一番大事ですね。



