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三鷹八幡大神社の力石 38貫目(142.5kg)を持ち上げた村越兄弟の偉業

 

少し遅めの初詣に三鷹八幡大神社を訪れました。
この神社は、江戸の明暦の大火(振袖火事)をきっかけに江戸を追われた人々が、この地に移り住み、村の守り神として祀ったのが始まりだといいます。

三鷹八幡大神者

現在の住所「下連雀」という地名も、彼らの故郷であった神田連雀町に由来しています。

38貫目の重みが語る、下連雀の怪力村越兄弟とは

一の鳥居をくぐると、すぐ右手に小太りで一抱えほどの石が直立しています。
「三十八貫目」と刻まれた力石ちかいしです。「メ」は「貫」の略字で、一貫は約3.75kg。つまりこの石は約142.5kgにもなります。

三鷹八幡大神

さらに石には、下連雀村の村越藤作と、その弟・春吉の名が刻まれています。
140kgを超える石を持ち上げたのですから、相当な怪力の兄弟だったのでしょう。

江戸時代、神社や人の集まる場所には力石が置かれ、近隣から力自慢の若者たちが集って力比べをしました。
娯楽の少なかった時代、この力試しは祭りや縁日と並ぶ一大イベントで、大いに賑わったといいます。名を石に刻まれた村越兄弟の挑戦は、まさに村の誇りだったのだと思います。

実際に38貫目(142.5㎏)を持ち上げるとどうなるのか!

ほとんど同じ重さ、143.2㎏の力石を持ち上げているものがショート動画にアップされていました。

力石が今に伝える、かつての暮らしのぬくもり

明暦の大火によって江戸を追われた人々は、新田開拓という過酷な労働のなかで、精神的、そして地縁的な中心となる「氏神様」を必要としていました。
それが三鷹八幡大神社だったのでしょう。

三鷹八幡大神 

今では、神社に力石がある理由を知らない人も多いかもしれません。しかし、こうした石は、かつての人々の暮らしや楽しみの中に確かに存在し、今も大切に守られていことに、胸が少し温かくなりました。

三鷹八幡大神

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