味覚の基本「濃い」「薄い」
味覚に自信がない人でも美味しさを表現するには塩味に着目するといいよ、と前回紹介しました。
塩味が判断できない人はいないので「濃い」か「薄い」かに着目するのがいいというわけです。
ただ「美味しかったよ」というより「濃厚で美味しかったよ」と濃さをいれたほうがグンと説得力が増します。
味の濃淡の形容詞に味覚の7種を加えて説明するとかなりグルメっぽくなるともいいました。
「あっさりした酸味と上品な甘みのシャーベット」
濃い薄いの形容詞と味覚の7種を組み合わせる通っぽく聞こえます。
味覚を相手の心に伝える武器「比喩」
さて、味を表現するには何と言っても比喩がものをいいます。
谷崎潤一郎は羊羹を次のように表現しています。
玉のように曇った肌が、奥のほうまで日の光を吸い取って夢みるごときほの明るさを含んでいる感じ、あの色合いの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対見られない。
谷崎潤一郎『陰翳礼讃』
さすが!文豪の比喩。
ほとんど黒に近い羊羹の半透明感を言葉で表現してしまうのですから感服です。
僕は片手で顔を洗っている猫の写真を机の上に放り出したままコーヒーを飲み、紙ねんどのような味のするロールパンを一個だけ食べた。
村上 春樹『1973年のピンボール (講談社文庫)』
紙ねんどを食べたことある人って少ないでしょうけど「まったく味のないロールパン」より「紙ねんどのような味のするロールパン」といったほうが意味深くなりますね。
味わいを比喩表現で表現すると心の奥までズッシリ響いてきます。
オノマトペ(擬音語・擬態語)は味覚表現に必要不可欠
カリカリ、サクサク、シコシコなど二種類の語をつかって表現することをオノマトペといいます。
日本語は特にオノマトペの表現が多く4500語くらいあると言われています。
オノマトペは味覚を表現するためには有効、というより無くてはならないものです。
ヤキメシはお米がべたべたニタニタするようなイタメかたをしてはいけない。焦げてもいけないがべちゃべちゃしてもいけないので、あくまでかるみをもってフワリと仕上げてほしいが、ねっちりして容易に腹を割らない日本米ではきわめてむつかしいものだ
開高健『巷の美食家』
べたべたニタニタという表現は不味そうな様子がストレートに伝わってきます。
それと比較してチャーハンはあくまでも軽くフワリとしていないと駄目なんだ、という願いにも近い作者の思いが見えてきます。
カボチャはべっ甲色に仕上がり、とても美しい。まず煮付けたそのカボチャの表面積をぬぐうように箸で取り、口に入れて食べた。するとペトリトロリとした感触の後、しだいにそれが唾液と混じってトロトロと溶けていき、そこから甘さを伴ったうまみがジュルジュルと流れ出てきて、口の中に広がるのであった。
小泉武夫『小泉武夫のほんとうに美味い話』
「ペトリトロリ」とはあまりいいませんが甘く煮たカボチャが目に浮かびます。
食べた味が伝わりさえすればオノマトペは自分独自の言い回しで構わないのです。
味覚を伝えるためにはオノマトペに限ります。
いかに良い素材であるかを克明に表現
料理の素材を手稲に説明すると美味しさの想像力を一層かきたてられるます。
青森県の小川原湖のシジミ〔中略〕。
そのシジミをじっくり賞味することにした。荷を解くと、そこにはかなり大粒で、しかもほぼ同じ大きさの粒ぞろいであったのには感心した。
さらにその天然色もまた美しいこと。全体は黒光りしているが、よく観察するとなんとなく深い紫色を帯びていて、殻についている筋のような溝も正確に刻まれている。その粒粒を手にとってみると、ずしりとした重さがあって、美味しさを予感させてくれた。
小泉武夫『小泉武夫のほんとうに美味い話(海竜社)』
良い素材を丹念に説明されるともうそれだけどヨダレが出てきてしまいます。
美味しさを伝えるグルメ記事には素材の説明は絶対に必要です。
味覚表現には調理の様子
美味しさをわかってもらうためには料理の出来上がる過程をいれるとより実感がわきます。
「紀州備長炭でこんがり焼き上げた」
とか
「弱火でじっくりコトコト煮込んだ」
などの表現です。
こういった調理の仕方を入れると相手の心をくすぐります。
まとめ
比喩、オノマトペ、素材、調理過程を上手に散りばめれば伝わるグルメ記事になると思います。
中級編は以上でおわりです。
上級編を書けるほど、まだ実力がないので味覚の連載は今回で終わります。
あとは美味しいお店をみつけて味覚表現を活かしたレポートを読者の皆様にお届けするだけ、となります。
[参考図書:『日本語上手。ひと味ちがう表現へ』三弥井書店]