
梅に誘われて 春の気配を探しに裏高尾へ
旧暦の正月も過ぎ、いよいよ春の気配が濃くなってきました。
そんなある日、ふと梅の花が見たくなり、高尾梅林へ足を運ぶことにしました。

高尾梅林の近くには、これまでにも何度か訪れたことのある駒木野庭園があります。
入場無料ということもあり、梅林へ向かう前に、少し立ち寄ってから歩き始めることにしました。

小仏関所と甲州街道ー江戸時代の旅人の記憶
山梨県へ通じる甲州街道は、現在では高尾山南側の大垂水峠を越えるルートになっています。
しかし江戸時代、この街道は高尾山の北側を通っていました。
その要衝に設けられていたのが、小仏関所です。
ここでは「入鉄砲出女」を厳しく取り締まっていました。

小仏関所跡の案内板のすぐ後ろには、山茱萸の大木があり広げた枝の先に可憐な花を咲かせていました。
歴史の重みを伝える看板と、春を告げる花。その対比がとても印象的です。

山茱萸は別名「ヨーグルトの木」ともよばれています。
温めた牛乳に山茱萸の枝を折って入れるとドロッとしたヨーグルト状になるようです。
でも、食用には向かない、とネット上にはありますから。。
仏関所から中央道へ ― 高尾が交通の要衝である理由
関所跡から上流へ進むと左右に梅林が見えてきます。

この梅林一帯は、中央自動車道と圏央道が交わる場所でもあります。
ふと顔を上げると、満開の梅の向こうに高速道路の高架橋が姿を現しました。

首を90度曲げて見上げる場所に高速の高架橋がはしっています。
目では静寂の梅の花を眺め、耳は上空を絶え間なく走る車の騒音。
そのアンバランスが印象に残ります。

関所跡を過ぎれば、そこには現代の交通を支える高速道路。
時代は大きく変わりましたが、この場所が交通の要衝であることは、昔も今も変わらないようです。
梅と天神様 ― 道真の歌が結んだ花と信仰
梅といえば、やはり天神様。
この梅林の一角にも、天神様(菅原道真)を祀る小さな天満宮がありました。
なぜ菅原道真は、これほどまでに梅と深い関わりをもつのでしょうか。

道真が詠んだ、よく知られた歌があります。
東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ
あまりにも優秀だったがゆえに周囲の妬みを買い、道真は無実の罪を着せられて九州・大宰府へと流されることになります。
都を離れる際、自宅の庭に咲いていた梅の花を前に、寂しさと無念さを胸に詠んだのが、この一首でした。

京都にあった梅の木が、主を慕って大宰府まで飛んでいったという「飛び梅」の伝説が残されているのも、道真と梅の結びつきの深さを物語っています。

こうして、梅と天神様――菅原道真は切っても切れない存在となり、天満宮には梅が植えられるようになりました。
この場所が例外でないのも、梅林を歩いていれば自然と納得がいきます。
梅林の帰り道、香ばしい余韻 ― 裏高尾の無人販売所にて
歩いていると、意外なものを売っている無人販売所に出会いました。
掲げられていたのは、自然焙煎「裏高尾麦茶」という文字。

買おうか、どうしようかと少し迷っていると、通りがかった近所の方が
「香ばしくて、おいしいですよ」と声をかけてくれました。
その一言で迷いはすっと消え、コインを入れて一袋購入。
帰宅後、さっそく麦茶を煮出してみると、
聞いていたとおり、驚くほど香り豊かな味わいでした。

振り返れば、二時間ほどの散歩のあいだに梅の花を眺め、関所跡に立ち止まり、
現代の交通の要衝を見上げ、天満宮に手を合わせることができました。
花だけでなく、歴史や人の気配までも楽しませてくれた高尾梅林の一日でした。



