老人ホームに入居している認知症の男性が昨日の夕方、椅子にどっかり座ると大きな声で独り言を発した。
「あーあ、暗くなってきちゃったよー!このままで大丈夫か~ぁ!」
暗くなってきてしまったけど、また明るくなるのか、明日もまたお天道さま(太陽)は上ってくるのか?とこの人は心配しているのです。
認知症高齢者では「夕暮れ症候群」と呼んで夕方に不安・不穏になることはよくあることです。
夕方、この嘆きはもう日常で、私たちはなれっこです。
人間にとって、かつて夜の闇は怖いものでした。
今は明かりがあるので夜は怖いものではなくなりましたが、電灯の少ない暗い場所は今でも恐怖です。
夜の恐怖は敵に襲われる危険ですが、もう一つ大きな恐怖がありました。
先の老人が独り言でいっていた「また太陽は昇ってくるのだろうか?」「明日はまた来るだろうか?」という不安です。
地動説など知らない昔の人は、神様が一発一発打ち上げ花火でも上げるように、太陽を東から西に向かって放っていたと考えていたようです。
う~ん。これを聞いただけで毎日毎日の精一杯生きなきゃとなります。
「なにかの拍子で神様が怒って明日は太陽を打ち上げてくれないかもしれな・・・・・・」
おー、こわ!
太陽が雲に隠れてやがて空から水が落ちてくる。
昔の人は、天から降ってくる雨は、神様がジョウロのようなもので地上に撒いていると思っていました。
海や地上の水が蒸発して上空にあがり雲となって、雨が降るなどといった循環がされているとなど想像もつきませんでした。
「もし、神様の持っているジョウロの中が空っぽになったらどうしよう」
「作物は干からび、食べるものがなくなる・・・・・・」
おー、こわ!
収穫の近いころ、いつもと違う雨と突風吹き荒れることがある。
昔の人は、風神さま怒り狂って思いきり息を吐き出していると思っていました。
海水の温度が上がり水蒸気が急速に上昇して低気圧が発達して台風となって大風を吹かせるなど知りませんでした。
「風神さまの怒りが納まらなくて叩きつける雨と飛ばされそうな風がやまなかったら作物が全部ダメになる、どうしよう・・・・・・」
おー、こわ!
夏の夕方すさまじい光と耳をつんざくような音で天が暴れることがある。
昔の人は雷神さまが怒り狂って稲妻の光と太鼓を叩いた雷鳴で地上の人間を威嚇していると思っていました。
雲と雲が擦り合わさって静電気がおき、それが雷となって地上に落ちるなんて知りませんでした。
「もし、雷神さまの怒りが納まらなくて自分の頭に稲妻が落ちたらどうしよう・・・・・・」
おー、こわ!
昔の人の生活を創造して書き並べました。
みなさんはどうお思いでしょうか?
「天の怒りを買わないようまっとうに生きなければ」となるはずです。
今の考え方と正反対です。
どう正反対なのでしょうか?
今は法律が一番になってしまいました。
法律に違反しなければいい。
見つからなければ、法律で裁かれることはない。
周りもみんなも見つかっていないので、罪になることはない。
こんな考え元となっているとしか考えられない事件がずっと続いています。
最近では横浜の傾いたマンションから発覚した、旭化成建材のくい打ち不正。
トーヨーゴムの免震偽装。東芝の不正会計処理。海外でもフォルクスワーゲンの排ガス不正。
きりがありません。
今は人間のつくった”法律”何にもまして一番なわけです。
人間の目をあざむけば法律に訴えられることもないし、罰せられることもありません。
しかし、昔の人は違いました。
人間がつくった決めごとなどより天の罰が最重要です。
天に背くようなことをすれば、天が怒って太陽を東の空に打ち上げてくれないかもしれないのです。
「自分ひとりの不正で太陽が昇らない!」
これはもう大変なことです。
超ド級の連帯責任です。
おー、こわ!
冒頭の認知症の方の嘆きが「今の人間の不正義」という意味が込められていたりしたら”恐るべし”です。
これこそ
おー、こわ!