90歳になる女性が、今月はこれを貼って欲しいと、百人一首の歌が書かれた紙を私のところへもってきました。
毎月一枚、この方が書いた和歌を老人ホーム食堂の壁にかけているのです。
11月は次の句です。
「心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花」
ちょっと意味がわかりにくいですね。
もし手折(たお)るならば、あてずっぽうに折ってみようか。 真っ白な初霜が降りて見分けがつかなくなっているのだから、 白菊の花と今朝は特別肌寒い。空気が刺すように冷たく、吐く息が白く濁 る。手のひらに息を吹きかけてこすりながら縁側へ出てみると、 庭の可憐な白菊の上に鈍くも白い初霜が降りている。 寒いわけだ、初霜とは。初霜も白いので、白菊の花を折ろうと 思っても、どれが白菊だか分からない。あてずっぽうに折るしか ないだろうな、初霜でまぎらわしくなっているから。白菊の花が。 出典 『ちょっと差がつく百人一首講座』
どうでしょうか。
霜の白さと菊の白さの見分けがつかないというのは大げさのような気がしますけれど、何度も読み返していると味わいと落ち着きが出てきます。
和歌にはまったく興味がなかったのですが、毎月触れる機会を与えられたことにより少しはわかり始めたような気がしています。
和歌を書いてくれる方は、以前脳梗塞を患って手足の末端にしびれが残っていて、歩行は両手に杖がなければできません。
筆をもって半紙に向かっている時の様子はとても90歳とは思えません。
右手に持った筆は手にしびれが残っているせいで上下に大きく揺れます。
まるで包丁で大根を切る時のように大きく縦に動くのです。
上下して収まらない右手首を左手で捕まえて抑えこみ、落ち着かせ、そして何度も何度も宙に文字をなぞります。
右手が落ち着いた頃を見計らって、筆に墨をふくませて半紙に向かいます。
文字が気に入るまで何回も書き続けます。
朝から初めて夕方になることもあるので、私がキーボードでカチカチ文字を打って文章を作っているのとはわけが違います。
そこには魂がこもっています。
側で見ている私の方には魂というか、執念というか、ハートというか、とにかく熱いものが飛び散ってきます。
体は90歳になり衰えたけれど、ほとばしる熱いものがこの方にはあります。
「ボケ防止にやってるだけ」
と本人は笑って言いますが、生きている「あかし」を表現しているようにも感じられます。
手が思うように動かなくても表現しようとする姿勢を見ていると、胸が熱くなりなって、自分にも内から力が湧いてくるようになります。
「表現欲」という欲求は年を取るとは関係なさそうです。
むしろ体力の衰えとともに増加するエネルギーのようです。
今まで吸収してきた経験や知識や苦悩を芸術的に表現することが後の世代に見せるべきものだと感じているかのようです。
「名誉欲」とか「金銭欲」など品のない欲とはおさらばして「表現欲」を発揮して未来の世代に力を与えられるような人間になりたいものです。